葛飾北斎の浮世絵「富嶽三十六景」の「相州七里浜」について説明する。
この浮世絵の七里ヶ浜は、現在でも多くの観光客が訪れる神奈川県鎌倉市稲村ヶ崎に位置する海岸。
鎌倉山と呼ばれる丘陵付近から富士を望む小動(こゆるぎ)岬や江の島が描かれている。
富士を除く図中の風景は、鎌倉山付近から南西を見た構図となるので、実際にはこのような風景を見ることは難しい。
前景にあるのは鎌倉山で、中景には七里ヶ浜の集落が描かれている。その左側に見える島が相模湾に浮かぶ江の島と思われる。
江の島の形も不明瞭で、小動岬と富士を大きくとらえている。
この浮世絵の描かれた時間帯は西の空が染まる夕方頃と考えられ、逆光で暗がりとなっていく集落や島の色合いも見事に表現されている。
本作の摺りでは退色のため判別しづらいが、富士の左側の空には夏の湧き立つ入道雲が描かれている。
浮世絵の技法は藍色の濃淡だけで描かれた藍摺(あいずり)の作品である。
色鮮やかな藍色は、当時ヨーロッパから輸入され、江戸の人々に大人気となったプルシアンブルーが基調となっている。
画面には往来の様子どころか、全く人物は描かれておらず、行楽の地にしては僅かに人家がみえるのみの寂しい景観である。
また全体の藍色が、一層そうした雰囲気を表出させている。名所を描いたというより何か山水図に近い。
この浮世絵は1830年から1832年頃の作品である。北斎の年齢が72歳頃になる。
コメント