葛飾北斎の浮世絵「富嶽三十六景」の「登戸浦」について説明する。
この浮世絵の登戸浦は、現在の千葉県千葉市にある。当時は江戸湾の湊で江戸築地に荷揚場を持っていた。
年貢米や海産物を房総半島から江戸に海上輸送する拠点でした。このあたりの海は遠浅朝で潮干狩りの好適地として知られていた。
地名は「のぼと」あるいは「のぶと」と呼ばれていた。
浅瀬に立った鳥居は登戸神社のもの思われる。
登戸神社の正式な名称は、登渡神社(とわたりじんじゃ)である。
現在の登戸神社は海岸から距離があるので、海岸線が埋めたてられたと思われる。
また、潮干狩りはできない。
鳥居の周辺には貝でいっぱいになった桶を意気揚々として運ぶ漁師、世間話をする女たち、はしゃぐ子どもたち、生活感が出ている。
中央に大きく描かれた鳥居の中に富士山が描かれる。鳥居の大きさや角度、海面と陸地の配分などの構図は北斎の浮世絵らしい。
この浮世絵は1830年から1832年頃の作品である。北斎の年齢が72歳頃になる。

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