葛飾北斎の浮世絵「富嶽三十六景」の「東海道江尻田子の浦略図」について説明する。
この浮世絵の田子の浦は、現在の静岡県富士市一帯の海岸を指す。
富士の真南に当たり、海と富士山の距離が最も近いエリアでもっとも富士山が見えるところとして有名である。
『百人一首』にも詠まれ古くから名所として知られいる。現在の田子の浦港は旧吉原宿の風景である。
富士山の手前に見えるのは愛鷹山である。
そのふもとの浜辺では塩田で黙々と働く人びとの姿が見られる。
この浮世絵の構図は遠景と対照をなすかのように、近景では4隻の船が荒れた海の中で、漁師が格闘している。
田子の浦と言えばヘドロ公害が有名である。田子の浦港で1960年代から1970年代前半に発生したヘドロ汚染による公害である。
ヘドロは港湾としての機能を妨げるだけでなく悪臭などを引き起こし、社会問題にまで発展した。
5,000人以上の規模で抗議運動が行われるなどした。 一方大気汚染は気管支喘息を代表とする呼吸器疾患を引き起した。
全盛期は富士市内の公害健康被害者は1,000人を超える多大なる影響を及ぼした。
市政にも大きな影響を与え、富士市長選挙では公害問題が争点となり、結果革新自治体となった。
この浮世絵は1830年から1832年頃の作品である。北斎の年齢が72歳頃になる。

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