葛飾北斎の浮世絵「富嶽三十六景」の「江戸日本橋」について説明する。
江戸時代には日本橋は五街道の起点として江戸における交通と物流の要所であった。
東海道の起点であり、魚河岸として栄えたのが日本橋である。
この浮世絵は日本橋から西方向を臨んだ情景が表現されている。
川の両岸に立ち並ぶ蔵は西洋の透視画法を用いて描かれている。
その消失点には江戸城、その彼方に富士山が配されている。
手前に描かれた日本橋には、最早まっすぐ歩くことができない人の往来がある。
橋の上には、魚河岸の若い者たち、天秤棒を持つた者、荷車や材木などで、ここが江戸の中心であることが表現させている。
日本橋に関係する有名な浮世絵は歌川広重の「東海道五十三次」で日本橋朝之景から始まっている。
歌では「お江戸日本橋」は、作詞・作曲者不詳の東京日本橋における民謡がある。
起点の日本橋から京都までの東海道五十三次の宿場名を歌い込んだ俗歌である。
この浮世絵は1830年から1832年頃の作品である。北斎の年齢が72歳頃になる。

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